大学の休学についてその2

3年の前期後期あわせておよそ56万円ほどの授業料を(ドブに)捨てて、私は何を思ったのでしょう。

休学期間は前後期合わせて6ヶ月ほどありましたから、その間はまさしくニートといっても差し支えない立場でありました。

朝ご飯を食べて、昼間散歩に出掛けて、夕方ごろ日が暮れたら帰宅、シャワーを浴びて寝る、というニートさながらの生活を6ヶ月送りました。

さしたる勉強もしていなかったと思います。なにせ、休学期間中何をしていたのか記憶にないくらいです。しかし、今でも鮮明に覚えていることがあります。

休学期間中、虚に日々を過ごす私を見かねた母が、とある大きな大学病院に連れていきます。そのとき私は、生まれて初めて心療内科という場所を知ったのです。

私は、満ち足りた(?)ニート生活の中で、最低限度の人間としての尊厳も忘れ、ひたすら虚にその日々を消費していきました。その結果何が起きたかというと、私は、いわゆるうつ病になっていました。

私は、最初は、うつ病と医師に診断された事実を頑なに拒みました。だって、うつ病なんて、聞こえが悪すぎるから。

初めはうつ病とは精神疾患の一部だという朧げな認識でいました。しかし、さほど自分がうつ病と診断されたことに危機感のようなものは覚えませんでした。

むしろ、病気と診断されたことで、気持ちがだいぶ楽になりました。

大学生は、4年間で130単位程度の必修単位を得なければなりません。学習進度によっては、人によっては、その4年間が短すぎると感じる人もいます。現に私がそうです。

休学期間中は、私の胸の内には常に焦燥感がありました。果たして自分は大学を卒業できるのか。中退してしまったら一生非正規雇用で、フリーターとして生きていかざるを得ないのか。いろいろ考えて、悲観し、絶望の淵に立たされました。しかし、今思えばその経験は、多かれ少なかれ確実に今の私を形作っている骨子です。

それからというもの、私は大学生活で、はじめてと言っていいくらい本格的に勉強に着手しました。高校受験も大学受験も適当にくぐり抜けた男みぎかわですが、この時ほど勉強したことは生まれてこのかたなかったような記憶があります。

具体的に何を勉強したかというと、あまり具体的な科目を列挙するとブラウザバックされかねないですが、誤解を恐れずに述べます。

まず、線形代数微分積分といった理工系の必須の数学科目を、池袋のジュンク堂で教科書を選ぶことから始め、地道に一歩ずつ勉強しました。

それによって基礎体力がついたのか、今度は物理学(力学や電磁気学などの基礎物理学)の勉強にも着手しました。先ほどは池袋と書きましたが、東京都内の神保町という古本屋街にも大変お世話になりました。

それによって大学における学問というものに興味を持つようになり、無事に先述の製図という必修科目の単位を得ることができました。